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【第8章】マイコンメーターの開発と普及

あらまし

 

家庭内で使うガス機器や接続具には、たとえ誤操作があっても「フェイルセーフ思想」による機構を付加することによって、安全化を推進しました。

さらに、室内のガス配管からの漏洩防止、ガス機器の長時間使用防止、および大地震発生時の火災防止を目的として、昭和58(1983)年に画期的な製品が生まれました。
それが「マイコンメーター」です。

「マイコンメーター」は、事故防止策の切り札として登場しました。

 

 1.開発の必要性

昭和40年代以降、ガス機器の普及に伴うガス機器事故防止対策の一環としてガス事故を未然に防止するため、新型ガス栓・安全型ガス機器・新型接続具・ガス漏れ警報器など個別の機器に関しては、ガス事故を防ぐ仕組みが徐々にできていました。

これは、新規の買替用機器としては有効ですが、既存の旧型ガス栓、ガス機器、接続具を有する需要家に対しては、その安全な使い方に期待するしかありませんでした。
当面、ガス漏れを知らせるガス警報器は存在しましたが、万が一に備えて、事故発生時に住宅内配管系全体を遮断する機能があれば安心です。

一方、安全なガス栓でも故意に破壊して都市ガスを放出し、ガス自殺を図る人がいました。

当時は、従来の石炭系ガスからメタン系の天然ガスに移行していたため、CO中毒にはなりませんでしたが、失敗するとガス爆発が起こることがありました。この爆発の現場写真は各新聞社が社会面で大きく取り上げることが多く、都市ガス事業者にとってはマイナスイメージとなりました。

都市ガスの使用上の注意事項を需要家に伝える「安全周知」だけに頼る「ソフト対策」には限界があるため、「フェイルセーフ思想」に基づく抜本的な「ハード対策」が求められました。
室内のガス設備からのガス漏れや、ガス機器の長時間使用などの異常が検知された時にガスを遮断する仕組みを模索する中、新たな技術開発対象が現れました。

それが「マイコンメーター」です。

 

具体的には、室内のガス設備から漏れるガス量を検知し遮断すること、或いは、使用者が室内型ガス機器(小型湯沸器、開放型ストーブなど)を長時間使用した場合、異常値を検知し、ガスを遮断することです。

ガスの放出を防ぐ機能などの個別の安全対策と併行して、自然災害時、特に大地震発生時の安全対策として「感震器」(地震の振動を検知)の機能も付加しました。

これにより、建物内ガス設備については元からのガス遮断により、火災などの発生防止の役割を果たす効果が期待できたのです。

2.東京ガス(株)におけるマイコンメーター開発の経緯

 (1)開発のきっかけ

昭和55(1980)年12月、集合住宅内でガス自殺関連の爆発事故が発生した際、当時の東京ガス社長である村上武雄の発想と示唆により、具体的な戦略的商品開発が始まりました。

当該爆発事故を報告した際、村上社長がつぶやいた言葉は、「電気のブレーカーのようなものが作れないのか」というものでした。

直ちに技術系役員に指示が出され、その指示内容は「目標価格5000円、2年間で商品化の開発研究」というもので、極めて明快な経営判断が下されました。

昭和56(1981)年1月、社内の商品開発部に緊急のプロジェクトチーム(部長:藤本訓考、リーダー:川瀬晃)が設定され、具体的な商品開発に着手しました。

 

(2)開発の経緯と普及

都市ガス需要家の室内配管からの抜本的なガス漏れ対策は、従来からも社内の開発技術者にとって重要事項であり、研究を継続していました。
しかし、ガスメーター内のガス通路に異常時のガスを簡単な装置で遮断する仕組みでは、従来の発想ではコストが高くなるため、悩んでいました。

しかし、ガスメーター内のガス通路に異常時ガスを遮断するという画期的なアイデアには、異常を判断し遮断弁を作動させるための指令装置などの電源が必要であり、これらの部品の調達など商品開発が難関でした。

 

当時の社会環境では、これらの部品に応用できる要素技術が日本の家電メーカーなどで次々と開発されていた時代であり、低消費電力のマイコン、自然放電の少ないリチウム電池、待機電力ゼロの遮断弁、地震を検知する小型センサーなどの要素技術を部品に組み込むことが可能になったのです。
特に、ノーベル化学賞で評判になった吉野博士のリチウム電池の開発効果は極めて有効でした。

開発協力者である松下電器産業(株)(現パナソニック(株))の研究により、2年後にはガスメーターと一体型の形態で、10年間作動可能な安全装置「マイコンメーター」の開発、試作品の製作に成功しました。

 

「マイコンメーター」とは、ガスメーター内ガス通路に遮断弁を設け、内蔵のマイコンがガス使用の異常状態および地震発生を判定し、異常時はガスを自動的に遮断するものです。(下図)

 

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「マイコンメーター」の実用化のためには、ガス事業を指導する通産省の承認と、火災予防の観点から消防庁の了解が必要でしたが、折衝の末、関係各所の承認もほどなくおり、昭和59(1984)年、「マイコンメーター」は無事に発売にこぎつけることができました。

しかし、発案者である村上武雄社長は、昭和56(1981)年に亡なくなっていたため、完成品を見ることはかないませんでした。

完成直後は、指示された価格は達成できませんでしたが、その後、低コスト化実現のため、昭和58(1983)年に、東京ガス(株)、大阪ガス(株)、東邦ガス(株)およびメータメーカー数社が共同開発し、約3年間で低価格のマイコンメーターを製品化しました。

発売当初はリースで販売しましたが、3年後には、ガス会社負担で対応するようになりました。

 

 (3)マイコンメーターの基本仕様

①住戸内のガス漏れについては24時間監視状態になります。

 

②ガス漏れ、ガス機器の長時間使用等異常時には自動停止となります。

 

③爆発防止対策として、大量にガスが流れたと判断する異常時には自動的にガスを遮断します。以前は自殺志願者の行為が原因で爆発事故が発生しましたが、現在は皆無です。

 

④大地震発生時には震度5以上で自動停止状態になります。火災事故などの防止に貢献しています。

現代では、大地震時にその有効性が発揮されています。

 

⑤自動停止後の復旧は、需要家が簡単に操作できるよう、周知用ラベルが付いています。

 

⑥対応できない需要家に対しては、ガス会社から出動して処置する仕組みになっています。

(4)マイコンメーターの普及

大手都市ガス事業者三社においては、昭和58(1983)年に東京ガス(株)が「マイコンメーター」の設置を開始し、その後、大阪ガス(株)および東邦ガス(株)が続きました。
マイコンメーターの設置にあたっては、需要家のガスメーター検定満期(10年)交換時に計画的に取り換えることで普及率向上を図りました。

その後、日本ガス協会の指導方針として、全国のガス事業者がマイコンメーターの設置を開始し、平成7(1995)年の阪神・淡路大震災後は設置が加速されました。

LPガス業界でも監督官庁の指導もあり、全国の全需要家に「マイコンメーター」が設置されました。

 

そのため、現在では、全国の都市ガス、LPガス需要家合計約5000万件すべてに設置されており、大地震発生時の事故防止に大きく貢献しています。

 

(5)大地震発生時のガス事故・トラブル対策に貢献

全国の都市ガス需要家のガスメーターが全て「マイコンメーター」となっているため、近年各地で発生した大地震での都市ガスに関するガス事故・トラブルは減少しており、都市ガスのが原因とされる火災発生数も減少傾向にあります。

過去の大地震発生の際は、都市ガス事故・トラブルの復旧には約1か月以上要していましたが、阪神・淡路大震災以降、東日本大地震、熊本地震、北海道胆振東部地震の経緯を見ると、都市ガス関連のトラブル発生の話題は大幅に減少しています。

 

あとがき

 

我が国の都市ガス事業は明治時代の初期に始まり、現在、約150年の歴史があります。
ライフラインの熱エネルギーの利用に関して、その一翼を担う都市ガス事業者は保安(安全)に関する問題を常に重要事項として捉えていました。

都市ガス事業は公益事業であり、公共性を有しながらも、同時に民間企業として利益の追求が求められる企業体でもあります。
したがって、需要家に対し、公平な価格で安定供給と保安(安全)を前提とした事業運営の役割が求められています。
明治、大正、昭和の実業家であり、東京ガス(株)初代社長となった渋沢栄一が語った「公利・公益」の精神がまさしく都市ガス事業の思想を伝えていると思われます。

 

都市ガス事業の歴史を振り返ると、明治・大正の黎明期から戦後の昭和20年代まで、ガス機器はお客様の所有物の範疇であるという認識のもと、保安(安全)対策が遅れがちでした。

本書で取り上げた昭和30~50年代はガス機器関連事故が多発した時代であり、このため、ガス事業者は徹底的な再発防止策に取り組むことになりました。
このたゆまぬ取り組みが今日のガス機器に関する安全化・近代化の道につながっています。

都市ガスという商品は、一般的な商品とは異なります。
ガス栓を開けば、商品である都市ガスが使用者に届くという便利な形態でありながら、一歩取り扱い方を誤ると、人命や財産に直接影響を与えかねません。

近年、都市ガス事業は従来からの地域独占事業形態から自由化の時代に入り、新規の事業者が参入できるようになりました。

しかし、保安(安全)の重要性は変わりません。都市ガスを利用する需要家に対しては、表面上の価格競争だけではなく、「価格+保安サービス」を提供することが重要です。

この安全性に関する評価こそが、他の一般商品の評価と異なる点です。

一般的な評価として、「なんとなくガスは心配」という利用者の潜在的な意識は、安全化がほぼ成し遂げられた現代も変わりません。
生活スタイルが多様化している現代では、ガスの利用の仕方も個々で異なり、様々なガス機器が選ばれています。このような状況下、都市ガス事業者は保安(安全)に対しては、建前でなく本音で、それぞれの現状に対応することが求められています。

 

我が国の社会的な慣行から、都市ガス利用者が人命や財産に影響が及ぼす重大事故を起こした際には、供給者(都市ガス事業者)の安全周知責任が問われ、行政指導の対象になることがあります。
それは、都市ガス事業者に対し、「ガスの専門家として使用者の安全を守る」という道義上の責任を求められていることにつながります。

たとえ使用者が誤って使用しても、大きな事故にならないことを目指す自主的な保安対策が求められているのです。
使用者からの信頼を得るために、都市ガス事業にかかわる者は「自主保安」を旨とし、一歩踏み込んだ具体的な実行策を講じなければなりません。
保安と販売は一体のものであるという認識をもたなくてはならないのです。

 

都市ガス事業の機器保安の歴史を主題にしましたが、過去の資料を調べる過程で、諸先輩たちの地道な活動を検証し、振り返ることができました。

現在の「安全になった都市ガス」は、諸先輩たちが積み上げられた実績の上にあることを痛感し、深い感謝の念を新たにしました。

 

 

永い間、「都市ガスはどのようにして安全になったのか?」をご購読いただきありがとうございました。

心から感謝申し上げます。

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文責;竹中富知男