第7回 ガス機器の黎明期<昭和初期から戦前まで>

ガス消費機器保安の歴史2019.09.27

ガス機器の国産化

昭和の時代になると、都市ガスの普及はさらに広がり、都市ガス用ガス機器はほぼ国産化されるようになりました。

 

厨房機器では、ガス七輪だけでなく、一口コンロ、テーブルコンロ、オーブンやレンジ・テーブルコンロ・オーブンが一体となった調理器など、広く国産化されて、普及するようになりました。

 

昭和になっても燃料は薪・石炭などが主なものでしたが、内風呂は徐々に広がっていきました。内風呂の普及に対しては、昭和6年(1931年)に東京ガスが「早沸釜」ガス風呂を発売しました。

 

早沸型ガス風呂は、沸き上がり時間の短縮、熱効率の向上、ガスの完全燃焼、逆火の絶無、点火や取り扱いの簡易化、釜鳴現象の減少、高温の上がり湯、追い炊き可能など従来のガス風呂釜のデメリットをほぼ解消していました。

 

 

小型湯沸器

昭和5年(1930年)には湯沸器につながる元の水道栓で操作する国産初の「元止め式」ガス瞬間湯沸器(小型湯沸器)ができました。

 

昭和7年(1932年)には、湯沸器の先の水栓でお湯の出し入れを調節する国産初の「先止め式」ガス瞬間湯沸し器が製造・販売されました。

 

しかし、元止め式ガス瞬間湯沸器(小型湯沸器)の販売価格は当時約35円で、現在の15万円相当でした。当時のサラリーマンの初任給が50円位だったので、35円はかなり高く、一般庶民にはほとんど普及していませんでした。

 

日本での都市ガス用ガス機器は、電気機器と異なり、都市ガス事業者が主導して、当時の小規模な機器メーカーに機器製造のコンセプト(設計概念)を伝え、共同開発・製造・販売していました。

 

都市ガスが広がっていくにつれて、身近な厨房機器は、ガス七輪、ガスかまどなどを中心に国産品が普及していきました。

 

 

ガスストーブ

海外で主流の、部屋全体を温めるストーブや暖炉などの輸入品は価格も高かったこともあり、あまり使われませんでしたが、昭和になって比較的安い国産ガスストーブが初めて登場しました。

 

その後、国産スケレトンストーブも各種製造され、ガス暖房機器も次第に普及してきました。

 

日本にも部屋全体を温める文化が次第に根付いてきました。