第4回 日本の都市ガス事業の創業

ガス消費機器保安の歴史2019.06.28

日本の都市ガス事業の歴史は、横浜に居留していた外国人がガス事業の計画を神奈川県に申請したところから始まりました。

 

横浜の実業家・高島嘉右衛門は、外国人にガス事業を独占されることに危機感を持ち、日本社中という組織を作りました。そしてフランス人のアンリ・プレグランを日本に招き、横浜瓦欺会社を創設しました。

 

明治5年(1872年)10月31日、横浜の馬車道に、日本で初めてのガス灯が数十本店頭しました。イギリスに遅れること60年後となりました。

 

 

明治6年(1873年)、高島嘉右衛門は横浜だけでなく、東京にも働きかけ、東京府知事大久保一翁に申請しました。これを受けて、東京会議所(江戸時代からの組織)が建設を担当し、明治7年(1874年)に煉瓦街を計画していた銀座通りに85本のガス灯が施設され、東京で初めての証明用としてもガス灯が点灯されたのです。

 

当時の風景は浮世絵に描かれるなど、ガス灯は文明開化の象徴として、話題になりました。

 

その後、東京会議所から東京府ガス局に移管され、日本で初めての公営ガス局(局長・渋沢栄一)が誕生したのです。しかし、銀座通りのガス灯の管理設営が事業収入に支障をきたしたようで、渋沢栄一は民営化を提案しました。

 

その結果、ガス事業は民間に払い下げることになり、明治18年10月、東京瓦欺会社が創業開始したのです。

初代社長は渋沢栄一であり、初めて本格的な民間の都市ガス事業が誕生しました。

 

その後、明治34年(1901)から明治40年にかけて、神戸瓦欺会社、大坂瓦欺、東邦瓦欺、西武瓦欺が相次いでガス事業に参入し、今日に至る都市ガス会社が創業されたのです。